育児

    我が子の発達遅延と意識変革

    今回はプライベートなお話しでちょっと長め。

    我が子の発達遅延をきっかけに起こった意識変革のお話をしたいと思います。

    ずっと書けなかったのですが、実は現在我が子が「発達遅延」という状態に陥っています。

    (こういった言葉が存在していること自体、子供がいなかった時の私は知りませんでしたが、「発達遅延」とは赤ちゃんの通常発育から遅れることを言います。)

    我が子の場合は、通常3−4ヶ月で首すわりなのが、6ヶ月経った今も首すわりが完了していない状態です。

    大きな病院にもかかり、障がいや病気も疑われています。

     

    そのため数ヶ月前までその事実を受け入れられず、精神的にかなり辛い状態を味わっていました。

    今でも油断するとスマホで検索魔になって

    「本当に大丈夫か?」

    と不安になることがあります。

     

    ただ今は現実は変わらなくても、自分の意識が変わったことで、我が子を見る目が、世界を見る目が変わったのを感じます。

    私は病気がとても怖かったのです。

    病気が全ての幸せを奪っていく、そんな感覚がありました。

    それは父の難病から来ていました。

    ここからのお話は公の場でしたことがなく、もしかしたら消すかもしれませんが、思い切って書いてみようと思います。

     

    父の難病と死

    進行性の父が難病を宣告されたのは30代の働き盛りの頃でした。

    筋肉が弱っていく進行性、遺伝性の難病です。

    具体的な病名は伏せます。

    ただ完治はできず、薬で進行をゆっくりにすることしかできませんでした。

    当時父から言われた時はなぜこんなことが起こるのだろうと意味がわかりませんでした。

    父の心配というより、自分のことばかり考えていました。

    そして私は家族でただ一人、病気のことを父に質問しまくりました。

    私は質問を通して父を責めていたのです。

     

    他の家族は父にそういったことを聞きませんでした。

    分かってたのだと思います。責めるべきは父ではないと分かっていたのです。

    でも父はそんな質問を投げかける私に対して、優しく諭してくれました。

     

    ただその中で唯一、

    「病気は自分のせいではない」

    と言った父の言葉が理解できませんでした。

     

    私はその遺伝性の病気を持っている、親に責任があるだろう、どうにかして責任をとってほしい、白黒はっきりさせろと思っていました。

    口には出さなかったけど、そんな思いを裏に攻撃していたのです。

     

    今思うと、私はそれまで自分で自分の人生をコントロールできると思っていたので、コントロールできないことが起こり、とても怖くて恐ろしかったのだと思います。


    でも父に質問しても何も変わりませんでした。

    だからその考え、感情には蓋をして、もう考えるのはよそうと思いました。

    そうして時間をかけて病気と折り合いをつけていたつもりでした。

     

    父は今年の1月、亡くなりました。

    全ての幸せを病気が奪っていく、その感覚がずっと拭えず父は先に逝ってしまいました。

    当時妊娠していた私は、お腹の中に新しい生命が宿る幸せを感じつつも、悲しみばかりが広がりました。

     

    発達遅延と父の伝えたかったこと

    そして現在、我が子の発達遅延を通して、無関係に見えた父の難病と通して感じた感情と向き合うことになりました。

    病気というものの恐れ、死への恐れ、社会から役立たずとされる排除される恐怖、そんなものをまざまざと見せられました。

    気が狂いそうで、なんでこんなこと起こるのだろうと思いました。

    相当泣きました。

    ですがふと気づいたことがありました。

    病気が問題なのではなく、自分の考えに偏りがあること。

    人生でコントロールできることなどないこと。

    私たちはただその瞬間に生き、存在すること。そうするしかないこと。

    それだけだったんです。

     

    ただこう言っておいて何ですが、この見方は綺麗事だと思うこともあります。

    生きていれば意識状態が変わるのは当然のことなので、やはり自分の状態が良くないとそんなことはない、役立たずは必要とされないなど手厳しいことを思ったりします。

    ただ、ふと落ち着いて思いを巡らせると、この先何が起ころうと、我が子に何があろうとそれに問題はないと思っています。

    もちろん現実的にやっていかなければならないことはあると思います。

    自分の思い描いていた普通とも違うと思います。

     

    でも本質は変わらない。

    我が子は可愛い。笑

    こんな可愛い子を産んじゃってどうしようと思っています。笑

     

    だからこの先私がやっていくことは子供を守らなきゃ、ではなく、この子の意思を尊重し、この子の幸せを育める環境を作っていくこと。

    引っ張っていくのではなく、ただその子自身を見て、成長を見守ること。

    病気が幸せを奪っていくことなどないこと。

    ただそれだけだなぁと思ったら、我が子に何があろうが変わらないことがわかりました。

     

    きっとこの先、この発達遅延が収束したとしても、こうやって不安になることは多々あるのだと思います。

    周りの人の心ない対応をされて、傷つくこともあると思います。

     

    でも傷つくということも、本当にそれは自分が傷つくことなのか?と今は思います。

    思えば不思議なもので、なぜ一個人の「〜だと思う」という指摘に傷つく必要があるのでしょうか。

    この辺りはまた別記事で書いてみようと思いますが、今回この経験を通して人生の中で何が起ころうと、それが自分と我が子の幸せに全く影響されないということを理解しました。

     

    長くなりましたね。

    この経験を通して学んだことが多いので、人生はコントロールできないとか、学びが矛盾することとか、健常児以外の両親のケアの重要性とか、そういうことも書いていきたたいなと思いました。

    読んでいただきありがとうございました。